ほのぼの特別編に相応しくない、シリアスな感じにしてみました。
期間限定の展示にするべきなのかもしれませんが、まあいいか、ということで。
「このまま放置すれば、二日と十二時間三十二分五十一秒の後に世界が消滅する」
目の前に立つ『わたし』自身はそう言った。
わたしは突然の事態に混乱する頭をなんとか動かし、目の前の『わたし』に問いかける。
「どういう、こと」
「その通りの意味。かつてわたしは涼宮ハルヒの超常的な力を使い、世界を改変した。それをよしとみなさない者は当然いた。その者が仕掛けていた時限式の罠が発動した」
淡々と、その『わたし』は続ける。確かにわたしも喋り方が淡々としていることは自覚しているが、ここまでではない。
まるで、これでは自動的に喋り続ける機械のようだ。
「わたしはかつてのあなた。すでにわたし自身はあなたになっており、いまここにいるわたしは単なるログに過ぎない」
だから機械のよう、ではなく、単なるプログラムと同じようなものなのだと。
その『わたし』は続ける。
「わたしが世界を改変したのには、理由がある」
突飛もない言葉の連続。普通に考えればこれは夢か厳格だと判断するだろう。
だけど、わたしはなぜか彼女の、『わたし』の言うことが真実であると受け止めることができた。
「感情的な理由は彼と一緒にいたいというもの。けれど、それだけで世界を改変したりはしない」
別にもう一つ理由があると彼女は言う。
相変わらず無機質な表情で、機械音声のように平坦な声音で。
「元の世界のまま未来に進んでいれば――極めて大きな選択に彼が辿りつくことになっていた。彼の選択が良ければいい。問題はもう一つの選択。その選択を彼が選んでしまった場合、世界は『終わる』。――だからわたしは世界を改変して、その選択自体が起きないようにした。彼が世界が『終わる』選択を選ぶ確率は八十五パーセントを超える。もう一つの選択を選ぶ方にかけるにはあまりにも無謀な確率だったから」
異常な言葉の羅列。それは確かに真実だと信じることが出来た。
理屈じゃない。ただ、わかる。目の前の『わたし』はわたし自身だからだろう。
「だけど、世界がその選択にたどり着き、彼が『終わり』の選択肢を選ぶことを望む者もいた。その者は改変を受けながらも機会をうかがっていて、いま世界を元の姿に戻そうとしている」
それは、世界にとって正しい姿、と言えるかもしれない。
けれど。
「世界はすでにこの世界を真実として、未来へと進んでいた。それを無理やり元に戻せば、様々な齟齬が生じて世界が消滅する」
消滅。
全てが消えてなくなる。
「そんな……」
「再改変者は世界を元に戻そうとしてあの罠を仕掛けたはず。しかし事態はそれより深刻化している。再びの改変は世界の消滅を引き起こしてしまう」
『わたし』がわたしをまっすぐ見つめた。
硝子玉のように感情をうかがわせない瞳。
「あなたに掛ける」
「わたし、に……?」
「再改変者が仕掛けた世界の変換を阻止して欲しい。再改変者を探し出し、これを――」
虚空に生みだされたのは、一丁の拳銃。
それがわたしの目の前に移動してきて、そこで止まった。
「打ち込んで欲しい。弾丸にはアンインストールプログラムが付与されている。それで再改変者を打てば、世界の消失は免れる」
世界を背負った弾丸。
無骨な拳銃に収められたそれが、とっさに差し出したわたしの掌に落ちてくる。
ずっしりとした重みが感じられた。
「でも……そんなこと、出来るかどうか……わからない」
拳銃などという物を扱ったことなどないし、そもそもその再改変者という存在を見つけ出せるかどうかもわからない。
あまりにも不利な状況であるとしか思えなかった。
「…………」
いままで何の躊躇もなく言葉を吐き出していた『わたし』が沈黙していた。
訝しく思うわたしの前で、『わたし』がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もう一つ、世界の消滅を免れる方法がある」
その方法は。
「あなたが自分自身に向かってその弾丸を撃ち込むこと」
思わず目を見開いたわたしに対し、『わたし』が続けた。
「わたしは彼が鍵を揃え、エンターキー以外のキーを押した時に、自分自身を起点として世界の改変を固定した」
だから、アンインストールプログラムを自分自身に打ち込めば。
世界は壊れることなく元に戻る。
「再改変者の強引なプログラムが発動すれば世界は消滅するしかない。でも、それより前に世界を元に戻してしまえば――少なくとも世界そのものの消滅は免れる」
だけど、その場合。
「この世界は消失する」
彼がキーを押した後のこの世界は、全て消失する。
あの人と一緒に過ごした時間も、恋人となった記憶も、二人で訪れた場所も、全て。
つまり、訪れ得る未来は三つ。
再改変者を見つけ出し、このままの世界を存続させるか。
自分自身に弾丸を撃ち込んで、世界自体を護る代わりにこの世界を消失させるか。
なにもせず、世界そのものの消滅を待つか。
目の前の『わたし』は、一言言い残し、消えた。
「すべては、あなたが決めること」
目が覚めた。
訳が分からない、悪い夢を見ていた。
重い選択を自分自身に突き付けられる――心理学でいえばどういう精神状態にわたしはあるんだろうか。
隣には彼が寝ていた。……と言っても春の陽気に当てられて二人とも眠ってしまっただけで、いかがわしいことはしていない。
持ってきた覚えのない毛布が自分の体にかけられているのを知り、彼がかけてくれたのだと思うと胸の奥が暖かくなった。
彼を起こさないようにそっと身体を起こす。
重い何かが床に転がる音が響いた。
思わず身体を震わせ、その何かに視線を落とす。
フローリングの床を打ったのは、現代日本の一般家庭には存在しないもの。
それは夢――だと思いたかった――で『わたし』に渡された無骨な拳銃。
あれは、夢じゃなかった。
一瞬気が遠くなりかけたが、何とかそこで踏みとどまる。
あれが夢でなかったとすれば……気を失っている暇なんてない。わたしは隣で眠る彼を見つめ、決意を固める。
失いたくない。この空間が消失するなんて、絶対に嫌だ。
わたしは床に落ちた拳銃を手に取り――立ちあがった。
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