あと二回前後で『決して完璧ではないけれど』は終わると思います。
出来れば今日中に書きあげてまとめてしまいたいところなのですが……。
周囲を深い茂みが覆っていて、視界が悪いところを歩いていた時のこと。
比較的平たんな道だったため、少し楽に歩を進められていた。
相変わらず先頭を切る涼宮ハルヒが、慌てた様子で朝比奈みくるを連れて下がってきたのはそんな道でのことだった。
「どうしました?」
前から三番目を歩く古泉一樹が突然下がってきた涼宮ハルヒと朝比奈みくるにそう尋ねる。
涼宮ハルヒは少し焦った感じの声で言う。
「イノシシがいるのよ! ほら!」
前方を指さす涼宮ハルヒ。
つられて指さす方向を見ると――いた。
道のど真ん中でなにやら地面の匂いを嗅いでいるように見える。
結構大きい。
「刺激しなければ大丈夫ですよ」
古泉一樹はそう言いながらも、女子二人の前に出て庇う位置に移動する。
そんな古泉一樹に、わたしの後ろから声がかけられた。
「古泉。これを」
声に応じて振り返った古泉一樹。わたしや涼宮ハルヒたちの頭の上を、何かが飛んだ。
古泉一樹がその何かを受け取る。
「これは……」
投げられたそれは、何かのお菓子のように見えた。
それを投げて渡した彼はイノシシを刺激しないためか、少し小さな声で説明する。
「対抗策って奴だ。万が一の時はそれを使え」
言いながら彼はわたしの隣に立つ。
「……どうやって使えと?」
「向こうがこっちに気付かないまま去るなら放っておいていいが、万一こっちに向かってきそうだったら、それを投げて気を引くんだ。そしてそれをイノシシが食べている間に逃げる」
古泉一樹は「わかりました」と頷き、それを持って樹の影からイノシシを観察しているようだ。
「この辺りにいるイノシシは、餌付けされているらしくてな」
彼がそんなことを言った。
彼の横顔を見上げると、彼は真剣な表情で古泉一樹の背中を見つめている。
「野生動物っていうのは、普通は臆病なものなんだ。人の気配を察したら、普通は逃げていく。だけど、このあたりのイノシシは人に慣れてて、登山客の荷物とかを狙って襲ってくることもあるらしい。まともに相手したら命がいくつあっても足りないし、荷物を放棄するもの嫌だろ? だから万が一の時はあれを囮にして、逃げるぞ」
なるほど。
彼の横顔がすごく頼もしく見えた。
見つめているわたしの視線に気づいた彼が、照れくさそうに言う。
「山に行くって決まった時、一応色々調べたんだよ。特に春は色々活発化して危ないしな」
すごい。
わたしは山に登ると言われて、どんなことになるんだろうと不安に思っていただけだったのに……彼はきちんと対策を立てていたらしい。
やはり、彼は凄い。
「……どうやら、逃げてくれたようです」
ほっとした様子の古泉一樹が、そう言った。SOS団全員に安堵の空気が流れる。
投げ渡されたお菓子を彼に返しながら、古泉一樹が言った。
「そういえば……お菓子を囮に使うという発想はいいのですが、そのお菓子、ビニール袋か何かに包んでおいた方が良かったのでは?」
「どういう意味だ? 古泉」
「この匂いに惹かれてこっちに来る可能性もあったと思うんです。幸い風下だったので大丈夫でしたが」
「…………それもそうだな。すまん。それは考えてなかった」
「なにそれ。ちょっと抜けてるわね。さすがジョン」
なにがさすが、なのだろう。
彼も同じように感じたらしく、憮然としていた。
再び先頭に立った涼宮ハルヒが、元気よく前の道を指し示す。
「ちょっと邪魔が入っちゃったけど……目的地まではあと少しよ! 気合い入れて行きましょう!」
それ以降は特に何事もなく、わたしたちは目的地である広場にたどり着いた。
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